2010年1月20日水曜日

20 KORG MS-20

KORG MS-20・稽古場・プラグ

昨日は演劇の稽古のため音楽スタジオに入った。十年ぶりにKORG MS-20の電源を入れる。ツマミの具合が劣化しているように感じるのは気のせいだろうか。
演者の鷹匠は、最初の一時間、微動だにせず沈黙。ノイズを浴びる。その後フルスロットル。しかし心霊的強度に観客が怖じ気づいてしまうかもしれない。コントロールの勘を取り戻さなければ。

本日は音響用の小物を家電量販店に買い出し。吾輩がサウンドワークで使っていたプラグやコード類は、活動休止中にみな無くなってしまった。短波が入るラジオも近々調達しなくては。

ロバート・B・パーカーが死去した。

スペンサーシリーズは何作までいったのだろう。吾輩は何冊くらい読んでいるのだろうか。

2010年1月17日日曜日

17 戦闘再開

十年休んだ。再開する。まずは二十世紀の終わりに戻る。





1月23日に新作を上演する。

ディックは流れている時間は見せかけで、時間は「帝国」によって止められてしまったのだと言った。それがウォーターゲート事件でニクソンが失脚した事によって正常に流れ始めた。ところが80年のジョン・レノン暗殺で再び停止してしまった。『ヴァリス』を参照。

自分はディック脳(笑)なので、1999年のアンゴルモア排撃で、止まっていた時間は流れ出したが、2001年の9.11でまたしても止められてしまったのだと考えている。

動画は、2000年1月21日に今は無きメディアシティで催された「水銀座大見本市」の一部。この時、自分は水銀座の二十一世紀演劇を目録として開示した。だがその構想を9.11がぶちこわしやがった。もはや演劇など成立しない。以来十年の沈黙。

満を持してではない。やらざるを得ない。わが国は戦時下なのである。民主党が宣言したではないか、「全面戦争」だと。くそ、仕方がない、サイキック・ウォーフィールドに再び赴くしかない、演劇兵器を解禁する。

2009年11月7日土曜日

―20世紀は終わらない―

松井秀喜と9・11同時多発テロと『アンダーワールド』

1951年10月3日、ニューヨークのポログラウンドではブルックリン・ドジャースとニューヨーク・ジャイアンツがリーグ優勝をかけてプレーオフを戦っていた。
招待席で観戦している四人の男は、フランク・シナトラ、ジャッキー・グリースン、トゥーツ・ショー、そしてFBI長官エドガー・フーヴァーである。
試合途中、フーヴァーはFBIの捜査官から深刻な報告を受ける。ソ連が秘密裡に核実験を行ったのだった。

ドン・デリーロの『アンダーワールド』は、このように始まる。
『アンダーワールド』は9・11を幻視した衝撃的な世紀末小説である。
20世紀を継続させるため、吾輩はこの小説を再読することにした。

決勝戦は、9回裏、ジャイアンツが奇跡の逆転勝利をおさめる。熱狂するスタジアム。観客は、プログラムやチケットの半券や手にしていた雑誌から破りとられたページや携帯用のカレンダーやつぶされた空の煙草の箱や何年間も財布に挟んで持ち歩いていた手紙やスナップ写真やアイスクリームサンドイッチのべとつく包装紙を引きちぎってグラウンドに投げ込む。ありとあらゆる紙類が紙吹雪となって選手達の頭上に舞う。

吾輩は松井秀喜がワールドシリーズMVPを受賞した試合と、『アンダーワールド』のプロローグを重ねる。そして9・11を重ねる。
ニューヨーク市をパレードする松井秀喜らヤンキース選手の頭上には、おびただしい紙吹雪が舞っていた。ニューヨークのビジネスマンたちはオフィスの窓を開け放ち、クズ書類をシュレッダーにかけて作った紙吹雪を投じる。
これとよく似た光景を視た、と人々は思わないだろうか。吾輩は視た。2001年、燃え上がるWTCの窓々から膨大な書類が放たれ、終末の放射能灰のごとく地上に降った。人々は思い出さないだろうか。

ジャイアンツの優勝に歓喜する人々の中で、試合の実況中継をしていたラジオアナウンサーはこう思う。
《これは別種の歴史かもしれないとラスは考える。皆がここから持ち帰り、皆をまたとない貴重な点において束ねてくれるもの、ある記憶との結びつきにおいて守ってくれるもの。アムステルダム街では人々が街灯に昇り、リトルイタリーではクラクションが鳴り響く。こういう可能性はないだろうか? 二十世 紀のど真ん中に起きたこの事件が、高名なる指導者やサングラスをかけた冷徹な将軍の壮大な戦略――我々の夢を侵害する周到な計画――よりも遥かに末永く人々の皮膚に浸透するという可能性。ラスとしては信じたい、こうしたことが目には見えないところで我々を守ってくれているのだ、と。》 『アンダーワールド  上巻』82・83p

吾輩は信じるよ。吾輩の演劇はそうであった。

だが、暗黒面の記憶も人々を結びつける。災厄や悲惨が人々をつなぐ。その記憶は決して我々を守りはしないだろう。