2010年2月11日木曜日

11 召集令状

『夜叉蓮華』の出演者松原三保乃に連絡。

2010年2月10日水曜日

10 召集令状

『夜叉蓮華』の出演者袴田浩之に連絡。

2010年2月7日日曜日

07 前夜の斥候

昨夜はKさんの先導で、静岡のライブスペース2軒を偵察。
七間町の「A」と、伝馬町の「M」。
いずれも店主が五十代後半。

吾輩は小屋主との意気投合を望んでいるわけではないが、音楽観というか受容感覚というか、乱暴に言えば「指向」の越えられない壁が、彼らと吾輩の間に存在していることを意外に感じた。

音楽の「嗜好」は個人的なものである。多様性を吾輩は承知している。吾輩が深く関わった「音楽」はマイナーの極北であった。吾輩が「誇れる」音楽 体験を語ったところで、怪訝な顔をされるのがオチである。それ故、彼我の音楽体験の交点が何処にあるのか、吾輩は知ることを要請され、まずは相手に年齢 (世代)を尋ねるのである。T・REXとどのように出会ったか、ユーリズミクスをどう聴いたのか、カーペンターズの歌声で死にたくなったことがあるか、共 感できる個人的体験によって、吾輩は彼我の距離を縮めようとじたばたする。

「A」で、吾輩がプロデュースしたKONORIsp.のCDを聴いていただいた。十数年も前にリリースしたものである。店主は「宝塚 みたいだ」と言い、バンド活動をしているスタッフの若者はクリムゾンを感想した。二人とも正しい。KONORIsp.は二人が言及したような「根」を持っ ている。
吾輩はあらゆる「表現」に、それを支える根があると考える。根が見えないとすれば、それは地中にあるからだ。本当に根がないのなら、樹はほどなく倒れる。ライブスペース店主たちに、ベンチャーズやビートルズやGSの根があることは判った。対話は可能だと判った。

だが、この樹には「新芽」が見つからないのである。これはどうしたことなのか。二十年前、吾輩が出会う音楽はことごとく「新芽」であったのに。二十一世紀音楽にはまだ「新芽」が芽吹いていないのだろうか。吾輩が見つけられないだけなのか。

「新芽」とは時間に風化されぬ「表現」の喩えである。ジミ・ヘンドリックスの歪んだギターの音やT・REXの『20-』最初のストロークの一音が「新芽」である。それは決して古くはならず、懐かしくもならない。「新芽」は常に「現在」である。

「新芽」が無くとも「文化」は存在する。文化に必要なものは「根」であり、「新芽」は二の次である。ライブスペース2軒を回り、吾輩は「音楽文化」の樹をみた。しかし。

あるいは吾輩がボケただけなのか。痴呆で過去がリセットされてしまうため、「新古」の感覚がボロボロになっているだけか。

2010年2月5日金曜日

05 水銀座 ウェブサイト

劇団のサイトを復活させた。
http://www.ayamex.com/


「ガンブラー」ウィルス。ガンプラとまぎらわしい。

2010年2月4日木曜日

04 破壊工作

午前、
S大学人文学部の「文学概論」授業でゲストとして教壇に立つ。与えられたミッションは「破壊」。いかに攻撃するか、その戦術を学生に語る。

1983年に、寺山修司が学園祭に招かれて、「理想の大学生像とは」というトンデモないお題で講演した逸話とかあれこれ。

2010年2月3日水曜日

03 侵入セヨ

明日4日夜、浅間神社で講義を行う。ネタは「静岡学問所」。もう5年ほどこの「私塾」で講師を務めているが、最初は誰でも聴講が可能だったのだけれども、昨夏から「崇敬会会員」だけが対象となってしまい残念。

で、
緊急決定したのが、明日午前、某大学の授業への乱入。「文学概論」破壊のミッション?

2010年2月2日火曜日

02 因縁力

昼、
島田初倉のすき家で、長政まつりで知り合ったタイ人と遭遇。