2010年12月25日土曜日

水銀座 「断片」演劇公演@ボタニカ

水銀座+MAGIN RECORDS
第二金座ビル「ボタニカ」事務所開設記念

水銀座 「断片」演劇公演

2010年12月25日(土)

会場:ボタニカ3F共有スペース 静岡市葵区研屋町
料金:2000円(1ドリンク付き)
開場:19時 / 開演:19時半

第1部-音曲
TAKEMICHI MATSUI(アンビエント)

第2部-芝居
『大連医院 「銀の牙」断片』90556
『コールドターキー探偵社』東郷 + 鷹匠訓子
『口上』内村玉斎
『累ノ怪』AYAME鈴木大治

2010年12月12日日曜日

黒龍会

30年近くつきあってきた友人から、彼女の祖父が黒龍会の幹部で、京城に暮らしたのだと聞いて驚いた昨日であった。

2010年11月21日日曜日

地下文化 1980~2010

言語文化学科活性化プロジェクト企画
学問所+水銀座+MAGIN RECORDS 協賛

地下文化 1980~2010
サブカルチャーの現在@静岡大学学園祭

11月21日(日)トークセッション
共通P201教室 14時~16時
羽田明子 + KONORI-鷹匠訓子 + AYAME-鈴木大治
聞き手:宇田川岳夫

○羽田明子さんは、70年代の終わりにロンドンへ渡り、デレク・ジャーマン、ジョン・メイブリー、ケリス・ウィン・エヴァンスらと仕事をする映像作家となりました。TG(スロッビング・グリッスル)と親交を持ち、サイキックTVに関わった一人です。メンバーとして、またプライベートな友人として親しく交流したアーティストは、イギリスではホワイトハウス、カレント93、ナース・ウィズ・ウォーンド、ダニエル・ダックス等々、アイスランドではビョーク、ヒルマー・オーン・ヒルマーソン等々、ドイツではディー・テートリッヒ・ドーリス、ホルガー・ヒラー等々、枚挙にいとまがありません。現在はベルリンとアイスランドの二箇所を拠点に表現活動を続けています。

○鷹匠訓子(KONORI)さんは十代半ばより静岡の劇団(現・「水銀座」)に籍を置き、80年代のポストアングラ演劇のムーブメントにたずさわった演劇人です。90年代以降は、ナース・ウィズ・ウォーンド、カレント93、マジック・ランタン・サイクル、マジカル・パワー・マコ等々いまや伝説化したバンドやミュージシャンのメンバーとして、共演者として関わってきました。
80年代半ばより静岡市内の自宅で独自の「サロン」を主宰し、ホワイトハウスのウィリアム・ベネット、カレント93のデビッド・チベットを筆頭に世界各国の先鋭的なアーティストたちがプライベートに訪れ、彼女の住まいは静岡の若いアーティストたちと世界を結びつける文化交流の場となっていました。

○宇田川岳夫さんは気鋭のフリンジカルチャー研究家。オタク文化全盛の時代に反逆し、真にアンダーグラウンドなるもの、消費社会のシステムから逸脱した文化現象を追及。文化的多様性を喪失した時代に常に警鐘を鳴らし続けることを評論活動のコアとしています。

入場無料・事前予約不要  問い合わせ: soi@ayamex.com 水銀座

2010年11月19日金曜日

KONORI sp. ライブ

言語文化学科活性化プロジェクト企画
学問所+水銀座+MAGIN RECORDS 協賛

地下文化 1980~2010
サブカルチャーの現在@静岡大学学園祭

11月19日(金)
KONORI sp. ライブ
ネコ広場野外ステージ
14時20分~14時50分

2010年11月13日土曜日

アヴァン・ポップの証言者 1

11月21日(日)に静大でトークイベントを行う。

その準備でガラクタをひっくり返していたら、お試しのサンプルカセットテープが出てきた。シカゴのライブハウスで貰ったものだった。

1997年、俺はKONORIsp.のギタリスト・作曲家のノダと連れだってシカゴへ行った。当時ホワイトハウスのメンバーだった作家のピーター・ソトスの家に1週間ほど泊めてもらった。
なにかライブを観てみようという事になり、情報誌でその日に行われているライブを当てずっぽうに探し、会場の場所もさっぱり判らぬまま、タクシーで乗り付けた。
ライブハウスといっても堂々たる劇場で、俺は昔の静岡市の公会堂や京都の西部講堂を印象した。会場内でビールを注文したら、ノダが身分証の提示を求められた。未成年と思われたのである。俺が37歳だったから、ノダももう30に手が届く年齢だったはずだ。どうころんでも未成年には見えないのだが。
フロアーは体育館のように広くて、一番後ろの壁際にだけ椅子が置いてあった。旅の疲れがあったのか、俺は轟音の中でぐっすりと寝た。だからどんなバンドが出ていたのか、まったく記憶にないのである。
で、帰りに出演バンドのサンプルカセットテープを手に入れた。

バンドの名は LUCKY ME 。デビューアルバム GLUE から2曲が収録されている。オルタネイティブ系ロックと言うのだろうか。俺はスージー&バンシーズを連想する。
このバンド、その後どうなったのだろうかと唐突に思い、ネット検索。ユーチューブで用意に情報を発見。

まずこの曲がサンプルカセットテープの1曲目。


2曲目がこれ。こちらで、なんかバンシーズっぽいぞ、と感想したのである。


ちょっと注目したいのは、この2データがアップされたのが今年の2月という点。「因縁力」来てますかね?
アップ主は他にもいろいろ紹介していて、俺好み多し。チャンネル登録してみた。
http://www.youtube.com/user/RHutton2710

それにしても LUCKY ME は近況が判らぬ。サンプルに音源リリースしたレーベルのメアドがあるからメールしてみようかな。

2010年10月13日水曜日

友部正人-水族館劇場-桃山邑

10月11日
静岡市大岩のAmi助産院で行われた友部正人さん(以下敬称略)のコンサートに出向いた。同助産院の五周年を記念して開催されたものである。ライブ会場には静岡市議のまつや清の顔も。

俺が友部のライブを観たのは20年ほど前、静岡市の「百町森書店」という児童書専門店が会場だった。俺はその時のライブを企画したのは「百町森書店」だと思っていたが、主催者は杉江さんという方で、既に他界し、夫人がAmi助産院のライブに来ていたようだ。俺は「百町森書店」ライブの打ち上げで杉江さんと会っているが、どんな方だったのかまったく記憶にない。

助産院のKさん夫妻(以下敬称略)といつ知己を得たのか、よく覚えていない。水族館劇場を主宰する桃山邑さん(以下敬称略)が共通の友人、それから静岡で「文遊舎」という古書店を開いているMさんのところで、助産師のAさん(以下敬称略)がアルバイトをしていたと聞いたような気がする。

他人の出会いは覚えていても、自分の出会いは忘れてしまうようだ。

友部のライブに期待していたのは『一本道』である。予想は的中し、アンコールで歌ってくれた。
『いじわるそうな女の子』という曲が特に印象に残っている。先月発売された新しいアルバムに収録されている。会場で販売されていたから、買ってサインをもらえばよかったと、いま悔やんでいる。

会場の入り口で、「あやめだろ?」と日焼けした大男に声をかけられた。「水族館劇場の岩本です。俺の事なんか憶えていないだろうな」と自嘲ぎみに言う。
憶えている。岩本さん(以下敬称略)が出演した芝居を、俺は家内と観に行った。岩本の背中には、大きな鯉の彫り物があった。打ち上げでタトゥーの話題になった。家内が胸のタトゥーを見せた。俺は自分のタトゥーを見せた記憶がないから、これは90年4月から92年11月の間に起きた事だ。
「これ、シールなんだよ」と岩本が豪快に笑った。

水族館劇場の舞台美術を担当していた岩本は、いまは同劇団を離れて郷里の宇和島にいる。創作をし、友部正人やカルメン・マキのコンサートを企画主催したりしている。

客席には水族館劇場の女優である千代次さん(以下敬称略)がいたが、俺は気づかなかった。Ami助産院の五周年を祝いに駆けつけた、水族館劇場の座付き作家・演出の桃山邑は、友部のライブには間に合わなかった。

曲馬館時代の桃山を俺は知らないのかもしれない。
俺は浜松で曲馬館の公演を観た。解散する前の最後の旅興行だった。『修羅と砦』という演目だったはずだが、確信がない。で、この芝居に出演していた桃山が怪我で入院し、代役を劇作・演出の翆羅臼がつとめたという話を聞いた憶えがあるのだ。
黒いサングラスの女優が印象的だった。腕にカラスをとまらせていた。彼女は劇団の自主稽古でいきなりリストカットをしてしまった。鮮血が噴水のように吹き出したそうだ。曲馬館時代かその後の事件か、詳しくは知らない。伝説である。

解散した曲馬館は、三つの劇団に分かれた。
翆羅臼を中心とした「夢一族」、桜井大造を中心とした「風の旅団」、そして桃山を中心とした「驪團」である。活動を開始したのは「驪團」が一番早かった。メンバーの平均年齢は23、4歳だったのではなかろうか。

とりあえずここまで書いて、徐々に追記する。

2010年8月31日火曜日

友部正人ライブ@静岡





















友部正人ライブ ※チケット完売だそうです(9月2日記)

日:10月11日

時;16時スタート

場所:Ami助産院(静岡市葵区大岩)

料金:4000円 先着30名限定

問い合わせ:054-247-1423

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最近、静岡で友部正人さん(以下敬称略)のライブがあったようだ。静岡でのライブは20年ぶりだとか。その20年前のライブを俺はみている。会場は「百町森書店」だった。こぎれいな店ではなく、ボロっちい最初の店舗。二階の狭い部屋でぎゅうぎゅうしながら聴いた。
どうして俺が打ち上げに出ることになったのか憶えていない。筋金入りの友部ファンのA、ヤマヤのK、古い古い女ともだちのHが一緒だった(敬称略)。俺はCRASSのTシャツを着ていて、どういうわけか、友部がそれをえらく「イイネ!」と言ってくれたのだった。で、何故またそんなTシャツを着ていたのか判らない。思い出せない事ばかりなのである。打ち上げをやった居酒屋の前で、友部を囲んで記念写真をとったから、あれやこれやは間違いないのだが、Tシャツの消息は全く不明。

最近、静岡で友部正人のライブがあり、そこでKくん(以下敬称略)は久しぶりに友部と再会した。Kはその昔、坂本龍一が友部のバックでピアノを弾いていたライブも見ている。Kと俺がどうやって知り合ったか、それもうろ憶え、とにかく水族館劇場の桃山が共通の友人ということは確かなのである。で、旧知の友部とKの間で、急遽「出前ライブ(?)」が決まった。Kの自宅で行うライブなので、そう多くは入場出来ない。30名限定となった。

俺は申し込んだ。

CRASS
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B9_%28%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89%29

そういえば友部正人はポイズン・ガールズを「イイネ!」と言っていたような記憶があるが、俺の勘違いかな?