古書者蒙昧録 其の二十八
二〇〇一年九月十一日の深夜、アメリカで起きた異常事態を知った翻訳家の山田和子は、《バラードが警告していたことが現実となった》と思った。ちょうど 同じ頃、ドン・デリーロの『アンダーワールド』を訳し終えたばかりの上岡伸雄は、世界貿易センタービルの倒壊に名状しがたい既視感を抱いた。
バラードの「警告」は、デリーロの「予告」と置き換えることも出来る。例えば次に引用するような『アンダーワールド』の一場面は、ドン・デリーロというアメリカ人作家が「同時多発テロ」を幻視していたと思わせる根拠にはならないだろうか。
《「二つではなくて、ひとつのものとして捉えてるんです」と彼女は言った。「もちろんツイン・タワーであることは明らかなんですけど。でも、存在としてはひとつじゃありません?」
「非常に恐ろしい存在です、でも見ないわけにはいかないんですよね」
「ええ、見ないわけにはいかないんです」》『アンダーワールド』日本版上巻p546-547
ここで語られている「非常に恐ろしい存在」とは、ニューヨークのWTCである。デリーロがこの物語を書いている頃、世界はまだ冷戦終結の希望が広がる二十世紀だった。ノストラダムスの予言を信じて集団自殺するようなうっかり者は珍しくなかったが、WTCの存在しない新世紀を想像している人々はごく少数 だった。たぶん。
『アンダーワールド』の装幀にはアンドレ・ケルテスが撮影したWTCの写真が使われている(未見だが、アメリカで出版された元版も、同じ装幀のようだ)。それはこんな写真だ。
十字架を屋根に掲げた教会の背後にWTCが屹立し(追悼と鎮魂のために十字架の形状をした鉄骨―建築の残骸―がグランドゼロに残された)、雲が低くビル の上層部を覆い隠して垂れこめ(炎上するビルから立ちのぼる黒煙がニューヨークの空に広がる)、中空には一羽の鳥―おそらくは猛禽類―が舞っている(金属 の翼を持った鳥がWTCに向かって飛んでいった)。
暗示的であり、予言的な画像。その印象を強調するためなのだろうか、日本版には同書からの引用が書籍帯の惹句として使われている。
《「このビルがぜんぶ粉々に崩壊するのが目に浮かびませんか?」
彼は俺の方を見た。
「それがこのビル群の正しい見方なんだと思いませんか?」》
と、ぼくはここまで、いかにもデリーロが「同時多発テロ」を予言していたかのように書いてきた。だが現実と小説の類似はどこまでも偶然にすぎない。いくつかの偶然が一点で交錯すると、人はついついそこに意味を見出そうとしてしまう。デリーロが《「歴史がフィクションに変わる瞬間だったのかな?」(『アン ダーワールド』日本版下巻p61)》と書こうが、現実と虚構(フィクション)の衝突(クラッシュ)は、ぼくたちの内側で起きている。二つを出会わせている のはぼくたちの想像力であり、虚実の区別がつかなくなったなどと言うのはもっぱら恥知らずな犯罪評論家たちである。
…そう判っているにもかかわらず、ぼくは『アンダーワールド』を読みすすめてゆくうち、この小説にはぼく自身も参加しているかのような奇妙な感慨を憶えたのだった。
物語には「大リーグ・グッズ」を扱うガラクタ屋が登場する。その店はこんな具合だ。
《薄汚い階段を下りていくと暗い小部屋に出て、メンバー表や古い唱歌帳、そのほか千もの野球関係の珍品が山積みになっていた。記録や書類のすべてが何本もの柱のように積み上げられ、今にも倒れそうだ。》
この場所を訪れる客に、店主は言う。
《「ここにある品々には何の美的価値もありません。色褪せてぼろぼろになったものばかり。古い紙切れ、それ以外の何でもないのです。ここに来るお客さんたちはそういう屑の山を求めているんですよ。自分がその一部だって感じられるような歴史をね」》
これはもしかしたら、ぼく自身の台詞だったのではないか、いや、やがて遠くない将来、ぼくが口にすることになる言葉なのではないか…。
世界は「クラッシュ」に満ちている。人と人が出会い、様々な事物が出会い、信号機のない交差点で車と車が出会い、超高層ビルとボーイング機がクラッシュする。あとにはトラッシュ(屑)ばかりが残る。ぼくはそのような「場所」で生計を立てている。
2005年5月27日金曜日
クラッシュ(3)
古書者蒙昧録 其の二十七
一九九八年、イギリスの作家J・G・バラードの『殺す』が邦訳出版された。翻訳家の柳下毅一郎は、同書の解説で次のように書いている。
《バラードが導き出す結論は必ずしも常識とは合致しない。自動車事故はエロチックな経験だと主張されても、首を傾げる人の方が多いだろう。にもかかわらず、バラードの仮説にはまちがいなく真実のかけらがある。ダイアナ英皇太子妃がパパラッチ相手に壮絶なカーチェイスを繰りひろげ、あげくに派手な事故死を遂げたとき、誰もがバラードの〝予言〟を思い出したはずだ。それはこれ以上ないほど見事な、メディアとセレブリティの華麗な衝突(クラッシュ)だった。》
二〇〇二年、バラードの『コカイン・ナイト』が邦訳出版された。訳者の山田和子は同書のあとがきに《バラードが警告していたことが現実となった》と記した。山田が『コカイン・ナイト』の最終校正をしていたのは、二〇〇一年九月十一日の深夜だった。そのさなか、リアルタイムで、彼女はニューヨークで起きた 「同時多発テロ」を知ったのである。
スロヴェニアの哲学者スラヴォイ・ジジェクは「9.11同時多発テロ」にコメントした文章『現実の砂漠にようこそ』でこう語った。
《世界貿易センタービルの破壊とハリウッドのカタストロフィ映画の関係は、スプラッターもののポルノとありきたりのSMポルノの関係に譬えられないだろうか。》
(朝日出版社刊『発言 米同時多発テロと23人の思想家たち』がこのジジェクの論考を所収している。)
バラードは一九七三年に発表した『クラッシュ』を、「世界最初のテクノロジーに基づくポルノグラフィー」と自ら称した。『クラッシュ』は刊行当初より高 い評価を受けていたが、日本語版が出版されるまでには二十年の歳月を要した。邦訳が待ち望まれていた小説であったにもかかわらず、長らく刊行に踏み切る出版社が現れなかったのは、『クラッシュ』の内容が、どうみても一般的とは言い難いものであったためだ。交通事故の瞬間に性的エクスタシーを感じるいささか 特殊(「変態」という単語は使いません)な人々がいささか特殊な行為に耽るすこぶる特殊な物語がベストセラーになると考える出版人はかなり特殊である。幸いなことに版元のペヨトル工房は、激しく特殊な出版社だった。それ故、ペヨトル工房は「伝説の出版社」となり、それ故、二十一世紀を待たずに消えた。
『クラッシュ』はイギリスで初版が刊行され、続いて、バラード自身による序文を加えた版がフランスで出版される。一九九二年に刊行された日本版にも、こ の序文は収録された。バラードは自作を《極端な状況における極端なメタファー、極端な危機の折にのみ利用される一か八かの手引書》と語り、そして次のよう な一節で序文を締め括った。
《言うまでもなかろうが、『クラッシュ』の究極の役割は警告にある。それはテクノロジカル・ランドスケープの辺土にあって、ますます強まる声で呼びかけるこの野蛮な、エロティックな、光輝く領域への警戒信号なのである。》
日本版『クラッシュ』の訳者は前述の柳下毅一郎、解説はSFを中心にアメリカ文学を批評している巽孝之だった(そのタイトルは、奇しくも「同時多発への道はどれか」である!)。巽は、イギリスでの『クラッシュ』出版と期を同じくして、大西洋をはさんだ大陸ではピンチョンの『重力の虹』が刊行された「偶然」を、文学史上の「同時多発」的「衝突」とみる。今にして思えば、巽もバラードの予言に共振していたのかもしれない。
《一九七三年、自動車衝突がセックスの同義語と化し、セックスがミサイル爆撃の同義語と化す。そのようにテクノロジーとセクシュアリティが衝突し、その地 点においてバラードの属してきた領分同士が衝突する時、最も二十世紀的な時代精神が、(中略)ぼんやりとその素顔をのぞかせる。》
『重力の虹』もまた、特殊な小説だ。物語の主人公、スロースロップは、《赤ん坊のころミサイル発射と性器勃起が同時稼動するようハーバード大学で条件付 けを施された》。それにより、彼が《セックスする場所にはあとで必ずミサイルが降下する》という異様な因果関係が出現するのである。
ピンチョンはミサイルの弾道から「重力の虹」という言葉を考えたのだろう。発射地点と落下地点をつなぐ放物線を虹に見立てて。だが、しかし、「重力の虹」はもっと別な形で視覚化された。
真夜中、ぼくは崩壊するWTCをテレビで見ていた。二つの塔は自らの重みを支えきれずに押し潰されていった。「重力の虹」という言葉が乱反射した。いくつかの偶然の符合と、いくつかの予言と、いくつかの予感が一点で交差し、ぼんやりとした「二十世紀的な時代精神」は、はっきりとその凶暴な姿を現した。
(もう一回だけ続く)
一九九八年、イギリスの作家J・G・バラードの『殺す』が邦訳出版された。翻訳家の柳下毅一郎は、同書の解説で次のように書いている。
《バラードが導き出す結論は必ずしも常識とは合致しない。自動車事故はエロチックな経験だと主張されても、首を傾げる人の方が多いだろう。にもかかわらず、バラードの仮説にはまちがいなく真実のかけらがある。ダイアナ英皇太子妃がパパラッチ相手に壮絶なカーチェイスを繰りひろげ、あげくに派手な事故死を遂げたとき、誰もがバラードの〝予言〟を思い出したはずだ。それはこれ以上ないほど見事な、メディアとセレブリティの華麗な衝突(クラッシュ)だった。》
二〇〇二年、バラードの『コカイン・ナイト』が邦訳出版された。訳者の山田和子は同書のあとがきに《バラードが警告していたことが現実となった》と記した。山田が『コカイン・ナイト』の最終校正をしていたのは、二〇〇一年九月十一日の深夜だった。そのさなか、リアルタイムで、彼女はニューヨークで起きた 「同時多発テロ」を知ったのである。
スロヴェニアの哲学者スラヴォイ・ジジェクは「9.11同時多発テロ」にコメントした文章『現実の砂漠にようこそ』でこう語った。
《世界貿易センタービルの破壊とハリウッドのカタストロフィ映画の関係は、スプラッターもののポルノとありきたりのSMポルノの関係に譬えられないだろうか。》
(朝日出版社刊『発言 米同時多発テロと23人の思想家たち』がこのジジェクの論考を所収している。)
バラードは一九七三年に発表した『クラッシュ』を、「世界最初のテクノロジーに基づくポルノグラフィー」と自ら称した。『クラッシュ』は刊行当初より高 い評価を受けていたが、日本語版が出版されるまでには二十年の歳月を要した。邦訳が待ち望まれていた小説であったにもかかわらず、長らく刊行に踏み切る出版社が現れなかったのは、『クラッシュ』の内容が、どうみても一般的とは言い難いものであったためだ。交通事故の瞬間に性的エクスタシーを感じるいささか 特殊(「変態」という単語は使いません)な人々がいささか特殊な行為に耽るすこぶる特殊な物語がベストセラーになると考える出版人はかなり特殊である。幸いなことに版元のペヨトル工房は、激しく特殊な出版社だった。それ故、ペヨトル工房は「伝説の出版社」となり、それ故、二十一世紀を待たずに消えた。
『クラッシュ』はイギリスで初版が刊行され、続いて、バラード自身による序文を加えた版がフランスで出版される。一九九二年に刊行された日本版にも、こ の序文は収録された。バラードは自作を《極端な状況における極端なメタファー、極端な危機の折にのみ利用される一か八かの手引書》と語り、そして次のよう な一節で序文を締め括った。
《言うまでもなかろうが、『クラッシュ』の究極の役割は警告にある。それはテクノロジカル・ランドスケープの辺土にあって、ますます強まる声で呼びかけるこの野蛮な、エロティックな、光輝く領域への警戒信号なのである。》
日本版『クラッシュ』の訳者は前述の柳下毅一郎、解説はSFを中心にアメリカ文学を批評している巽孝之だった(そのタイトルは、奇しくも「同時多発への道はどれか」である!)。巽は、イギリスでの『クラッシュ』出版と期を同じくして、大西洋をはさんだ大陸ではピンチョンの『重力の虹』が刊行された「偶然」を、文学史上の「同時多発」的「衝突」とみる。今にして思えば、巽もバラードの予言に共振していたのかもしれない。
《一九七三年、自動車衝突がセックスの同義語と化し、セックスがミサイル爆撃の同義語と化す。そのようにテクノロジーとセクシュアリティが衝突し、その地 点においてバラードの属してきた領分同士が衝突する時、最も二十世紀的な時代精神が、(中略)ぼんやりとその素顔をのぞかせる。》
『重力の虹』もまた、特殊な小説だ。物語の主人公、スロースロップは、《赤ん坊のころミサイル発射と性器勃起が同時稼動するようハーバード大学で条件付 けを施された》。それにより、彼が《セックスする場所にはあとで必ずミサイルが降下する》という異様な因果関係が出現するのである。
ピンチョンはミサイルの弾道から「重力の虹」という言葉を考えたのだろう。発射地点と落下地点をつなぐ放物線を虹に見立てて。だが、しかし、「重力の虹」はもっと別な形で視覚化された。
真夜中、ぼくは崩壊するWTCをテレビで見ていた。二つの塔は自らの重みを支えきれずに押し潰されていった。「重力の虹」という言葉が乱反射した。いくつかの偶然の符合と、いくつかの予言と、いくつかの予感が一点で交差し、ぼんやりとした「二十世紀的な時代精神」は、はっきりとその凶暴な姿を現した。
(もう一回だけ続く)
2005年5月26日木曜日
クラッシュ(2)
古書者蒙昧録 其の二十六
「失われた十年」というのは日本の経済が失速した一九九〇年代を意味するらしい。この十年、ぼくはまだ古本屋ではなかった。うろうろしている間に多くの 蔵書を処分した。売り払ってしまった書籍のほとんどは、おそらくもう手に入らないだろう。それは別段、残念な気がしない。けれども新世紀が明けるとどうい うわけか、宮本隆司写真集『九龍城砦』だけは「もう一度手元におきたい」と強く思うようになった。
九龍城砦は、香港の啓徳空港のすぐ北西の総敷地面積わずか二.七haの狭い区画に、その数、三百棟とも五百棟ともいわれる大小のビルが超高密度で集まっ た巨大な建築体だった。「阿片戦争」後、香港島と九龍半島は清朝から英国の植民地となったが、九龍城砦だけがその割譲から除外された。以来、英国と中国の 双方がその主権を主張して対立し続けたため、九龍城砦は香港において英国管理のおよばない治外法権の場所として存在し、最高時には五万人もの不法入居者が 流れ込む。無許可/違法な増築工事が際限なくくり返され、いくつもの高層アパートがひとつながりに結合した。その結果、内部は「住人以外の者が一度入った ら、二度と出てこれない」複雑奇怪な迷路のようになってしまう。さらには麻薬、賭博、売春がはびこり、九龍城砦は「香港の魔窟」という悪名を高めてゆくこ とになった。
一九八〇年代、日本人写真家が謎のベールに包まれた九龍城砦に潜行する。宮本隆司は「東洋最大のスラム」の奇怪な美をうつしとり、その記録は、今では伝説と化した出版社から刊行された。ぼくは『九龍城砦』との出会いに強い衝撃を受けた。
《九龍城砦には、あらゆる存在を終わらせてしまうような、名状しがたいナニカが封印されていて、『九龍城砦』にも「それ=it」はぼんやりとだが、しかし 確かに写っている。ここは我々が行き着く「終末の場所」なのだと思った。二十世紀の袋小路。時代閉塞の具現。九龍城砦が「生きている廃墟」であるように、 我々は生きたまま「屍体」になる。どうやってこの迷宮から脱出すればいいのか。》
しかし九龍城砦は一九九二年に解体され、地上から消滅する。二十世紀の終わりには、廃墟映像はもはや珍しいものではなくなっていた。内戦で破壊されたサ ラエボの光景が連日ニュース映像に流れ、バブルの崩壊によってうち捨てられたレジャー施設や建造物が、日本のいたるところに出現した。新興宗教団体の施設 も廃墟のようだった。阪神淡路大震災が一瞬にして広大な瓦礫の山を築いた。まるで頭の中の廃墟が現実の世界を浸食してゆくようだった。ぼくは『九龍城砦』 を売り払い、イマジナリーな廃墟と手を切った。
昭和の終わり頃、ぼく(ら)は真面目に「世界が終わるかもしれない」と思っていた。「こんな風に世界が終わってしまって、本当にそれでいいのか」と自問 していた。そして崩壊を阻止しなければならないと、本気で考えていたのだった。たぶんガルシンの『あかい花』の癲狂院の狂人のように、頭がいかれていたの だろう。》
もちろん世界は終わらなかったし、「恐怖の大王」も天空から降りてはこなかった。新世紀はあっけなく到来したのだった。けれどもぼくは再び九龍城砦に惹 きつけられているのだった。何故か? ぼくはインターネットで『九龍城砦』の探書と検索を繰り返した。『九龍城砦』を出版したペヨトル工房は二〇〇〇年に 廃業し、九龍城砦と同様、既に存在しなかった。
ある時、平凡社が同名の写真集を出していることを知った。撮影者は宮本隆司。それはペヨトル工房版『九龍城砦』所収の総ての写真に、解体されてゆく九龍城砦の映像も収録した、増補改訂版だった。
「これ、ありましたよ」
平野雅彦さんは平凡社版の『九龍城砦』を手にしていた。ぼくにとってはいささか高価な本であったが、迷わず購入した。
《書店の袋を抱え、店を開けたばかりの喫茶店にとびこんだ。テーブルに『九龍城砦』を広げ、ゆっくりと頁をめくっていった。ああ、これだ、この写真だ、 ト、ここちよい緊張感が走り、十年の空白が埋まってゆくような気がした。外では台風15号の風と雨が、しだいに強まってきていた。》
「特別な事件によって、はっきりとその日付が記憶された」と前号で書いた。『九龍城砦』との二度目の出会いは、その翌日、二〇〇一年九月十一日に起きた「同時多発テロ」とひとつながりになって、ぼくの意識に刻みつけられた。
《翌日、9月11日の深夜、崩壊するWTCの映像を見ながら、「するとあれはまだ終わったわけではなかったんだ」と、なにかの小説で読んだフレーズを思い出した。 》(まだ続く)
※《》内は筆者が別の機会に書いた文章からの引用。
2005年5月25日水曜日
クラッシュ(1)
古書者蒙昧録 其の二十五
「鉄腕アトム」グッズのコレクターとして全国にその名を知られる平野雅彦さんは、一筋縄ではゆかぬ蒐書家でもあり、また凄腕の古書ハンターとして古本屋を畏れさせている。
作家の松岡正剛は《友人や知人がほしがっている本を日本中の古本屋からなんらかの方法で見つけだし、これをときにはタダで提供してしまうという奇特な人物》と平野さんを評し、次のように書いた。
《その捜し出す方法がなんとも不思議で、なにかのときに「ひらめく」そうなのだ。たとえば『遊』6号がほしいという人物が平野君に連絡をする。そうする と、平野君はとくに焦るわけでもなく、「はい、いつかね」と言って、そのことを仕舞いおく。ところが、ある日、平野君のアタマのどこかに『遊』6号が世田 谷の多摩川あたりの本屋の片隅に寂しく光っているのが見えるのだ。そこで平野君はその本屋に行く。》
まったく人と本とはほとんど偶然に、事故のように、なにか不可解な「力」によって出会う、あるいは出会わされるものである。ぼくも己の「出会う力」は半端ではないぞと自負しているが、「他人の分」まで出会ってしまう平野さんは尋常ではない。
先月(二〇〇三年一〇月)、ぼくはある講座で平野さんと対談をした。「手塚治虫」を軸にして戦後の出版文化を語るという主旨だった。が、オタクの間に実 のある対話など成立するべくもなく、互いの手持ちのネタをひたすら競うという情けない内容に終わってしまった。責任の大半は驚異の博覧強記を披露した平野 さんにあるとこっそり思ったりする(笑)。
平野さんは以前、『透きとおる石』の特装本をあべの古書店で買ってくれた。『透きとおる石』は畠山直哉の鉱石写真集である。刊行に合わせて「夜想・鉱 物」展が開催され、五〇部限定の「特装本」には、その会場に展示された特装加工写真が付いている。オリジナルプリントはそれぞれ1点しか存在しない。つま り平野さんが所有している『透きとおる石[特装本]』は世界に一冊しか存在しない本なのである。
ところで平野さんと知り合ったのがいつごろであったか、ぼくはよく憶えていない。『透きとおる石』を購入してもらったのが二〇〇〇年の秋だったから、そ れ以前に出会っていることは確かなのだが。日頃の頻繁な交遊があるわけではなく、何かの催しで偶然出会い、「おや、奇遇ですね、ちょっとお茶でも」といっ た具合にスターバックスへ繰り込むのが常である。
ある時ノーム・チョムスキーのドキュメンタリー映画を観るため、ぼくは普段よりもずっと早起きをして上映会場へ向かった。途中、見上げたスターバックス の二階の窓から、平野さんが手を振っていた。「奇遇ですね、ぼくもこれからチョムスキーの映画へ行くんですよ」と平野さんが言った。だからチョムスキーの 『9・11』を観た体験と平野さんに会ったことがセットになっているのだけれども、それがいつのことだったのかもう忘れてしまっている。まったくもの忘れ がひどくなった。
だが、たったひとつ、例外がある。特別な事件によって、はっきりとその日付が記憶されたからだ。たぶん今後も忘れることはないだろう。
九月十日は台風の接近で朝から雨模様だった。夕刻には東海を通過するらしい。静岡を直撃しそうな気配だったので、ぼくはあべの古書店を臨時休業することにした。
午前中(そういえばこの日も「普段よりもずっと早起きをして」…)、新刊書店へ行った。店を開けたばかりの谷島屋書店は、まだ客の姿もまばらだった。一階では翻訳書フェアをやっていて、地方の書店では見かけることの少ない小出版社の本が並んでいた。
『サイトメガロウイルス』があった。この本は店頭での入手は難しそうだったので、版元へ注文しようかと思っていたちょうど矢先だった。良いサインだ。探し ていた本との偶然の出会いは不思議と続けて起こるものだと、書物を買い蒐める人々は皆知っている。ぼくはエルヴィ・ギベールの『サイトメガロウイルス』を 購入し、それから二階の売場に上がった。
フロアに平野雅彦さんがいた。やあ、奇遇ですね、と二言三言立ち話。
美術書を置いた平台には、河出書房新社から刊行されたトレヴァー・ブラウンの画集が山積みになっている。ぼくがトレヴァーと知り合ってから十年になる。 当時まだイギリスにいたトレヴァーの作品を掲載するのは、怪しげな出版社の怪しげな雑誌ばかりだった。河出書房新社は「怪しげな出版社」ではない。何種類 ものトレヴァーの作品集を眺め、ぼくは彼がいつの間にか人気アーティストになっていたことにいまさらながら気づいた。二十世紀の終わりの十年になにが変わ りなにが変わらなかったのか、とりとめもなく思ってたところへ、背後から「あべのさん」と呼ばれた。振り返ると、「これ、ありましたよ」と言う平野さん は、一冊の写真集を手にしていた。(続く)
2000年12月9日土曜日
SPAC 公演 「不思議の国のアリス」
演劇なんかやる奴はみんなオカマだ、と言った人がいる。
ぼくもそう思う。演劇なんかやる奴はみんなオカマだ。
ではぼくはどうなんだ、ぼくも演劇に関わる一人だが、オカマか? そうじゃないのか?
ということで、直感的には「演劇なんかやる奴はみんなオカマだ」に同意しつつも逡巡する複雑な心境。
「あの、次の日曜日というと、何曜日になるんでしょうか?」
「たぶん月曜日だと思いますけど」
「ああ、そうでしたか、ぼくは又、金曜日かと思っていました」
先日ぼくがやった歌謡ショーのコントの一節である。
台本を読んだとき、これ本当に大丈夫なのか、と思った。
ところがあにはからんや、どかんどかん笑いがとれる。
嬉しい反面、何故だ?、と不思議な心持ちになった。
「あの、帽子屋さんのお茶の会はこちらでしょうか?」
「いいえ、ここは帽子屋さんのお茶の会です」
「ああ、そうですか、わたしは帽子屋さんのお茶の会ではない帽子屋さんのお茶の会をさがしているんですけど」
これは別役実の「帽子屋さんのお茶の会」。手元にテキストがないけれど、たぶんこんな感じ(原典入手したら正しく記述します)。ちょうど今頃、この演劇は東京で上演されているはずだ。
どうだ、どかんどかんくるだろうか? ちょっと見当がつかない。
別役実が題材にしているのはもちろん「不思議の国のアリス」。
いつの世にも「不思議の国のアリス」に惹かれる御仁は数多いる。
どういうわけかぼくには遠い。「アリス」と聞いただけでへなへなと腰くだけになってしまう。
この遠さ、何故だ? よく判らない。何が気に入らないのか。
2000年12月、静岡芸術劇場でSPACが『不思議の国のアリス』を上演した。
物語は間違いなくルイス・キャロルのアリス。心配ご無用、ポストモダンな戦略で仕掛けたタイトルではない。そのまんまアリス。
歌舞伎仕立てのアリスでもなく、能を擬したアリスでもなく、ギリシャ悲劇と融合させてキマイラ状態にしたアリスでもなく、谷村新司の歌が背景曲に使われることもない。
SPACのアリスである。
演出はSPACの俳優、竹森陽一。この人はSPACのレパートリー『シラノ・ド・ベルジュラック』のシラノ役で、「芝居者の心意気」を感じさせる実にイカス演技をしていた。
ぼくはあれこれの公演会場で、たびたび竹森陽一の姿を見かけることがあった。SPAC主催の公演はもちろん、白石加代子の一人語り「百物語」にも来ていた。真面目な人なのだろう。
普段着の竹森陽一は、いつもわびしさのようなものを漂わせている。くそ、なんでこんなことになっちまったんだ、ろくなもんじゃねぇぞ俺の人生、と呪詛しつつ朽ちてゆくような印象。
頭髪の量にも「受難」の趣があって、その辺、ぼくは共感する。
竹森陽一の風貌には「パッション」が滲んでいる。鈴木忠志演劇の「殉教者」。くそ、なんでこんなことになっちまったんだ、ろくなもんじゃねぇぞ俺の人生、と呪詛し続ける。ちょっと違うかな。
いい演出家はおうおうにしていい俳優でもあるが、その逆は稀である。だから竹森陽一演出に特別期待していたというわけではないけれども、この芝居は観ておかなくてはと前々から思っていたのだった。
会場の受付で座席表を見せてもらうと、当日券は10席くらいしかなかった。えー、ほとんどソールドアウト、とぎょっとしたが、実際には観客数は120程度だった。
観客数と演劇の質は比例する関係にはないのに、ついつい「客の入りが悪い」とベタな常套句を使ってしまいそうになる自分を戒める。
演じられたのは主に「帽子屋のお茶の会」の場面である。
帽子屋や三月ウサギたちとアリスとのナンセンスなやりとり。それからトランプの女王が指揮するアリスの裁判。
ぼくは竹森陽一が演じたシラノを観て以来、ひょっとしたらこの人は鈴木忠志演劇と距離を持っているんじゃないかとも考えていた。
竹森陽一は鈴木忠志的様式よりも「特権的肉体」なんてものを実はいまだに信奉していて、交換不可能な俳優の個が物語を牽引してゆく演劇を密かに指向しているのではないかと。
つまり鈴木メソッドからはみ出す部分を持った背教者。それゆえ「殉教者」の栄光が翳り、わびしさがまとわりつく。
うーん、期待しないと言いつつ、十分期待していたじゃないか。→AyameX
でーも。
とんだ思い違いでした。
『不思議の国のアリス』、それは、
SPAC/鈴木忠志の定石を外れることのない神経症演技の構造物。表情の変化に乏しい一点凝視型。感情の起伏が掴みにくい平坦な台詞回し。女優たちはいつも怒っているみたいで魅力がない。
さながらネクラ(死語?)な小劇場演劇スキルのカタログ状態である。俳優たちの奇怪な身振りや発語法に、そうそう、こういうのあったな、と既視感の連続 (「タイニー・アリス」ではあまりお目にかからなかったけど)。帽子屋の演技に桜井大造をオーバーラップさせるオノレの「ルックバック」に我ながら舌打 ち。チッ。あららら、あの人、目が真ん中に寄っちゃってますよー。大丈夫ですか?
滑稽さだってあるのにな。どうして笑えないんだ?
例えばマドロススタイルの海亀が唄い、その歌に合わせて三月ウサギと眠りネズミが踊る場面。
なんと海亀くんはサティのピアノ曲で唄う。当然ながらすこぶるスローテムポ。変。すごく可笑しい。かなり莫迦莫迦しい(昔、斎藤晴彦がサラサーテの「ツィゴイネル・ワイゼン」に歌詞をつけて唄っていたけど、あれのパロディになっていたのかもしれないな)。
こりゃ使えそうだな、よし、いただきだと思った。だから直感的にはここは「どかんどかんくる」場面なのである。それなのに晴れ晴れと笑えないのは何故だ?
みもふたもない言い方だけど、俳優が神経症演技で「いっぱいいっぱい」だからかな。
しかも「憑いていない」のがバレバレ。
誤解のないように。神経症演技とは演技者自身が「神経症」ということではない。
「本物」がそれをやると爆発的な効果をもたらすが、その筋の演技者はコントロールが難しい。
神経症演技とはあくまでも「偽物」による「型」である。
神経症演技は観客の神経を脅かし圧迫感がキツイが、「型」演技であるがゆえの面白さも確かにある。
それは次のような局面で発生する。
型(器)に、その容量を上回るナニカが投入されたため、型が完璧であるにもかかわらず、自壊してしまう瞬間。「偽物」が「本物」に転ずる。すなわち「憑いた」状態。
演者はシャーマン、演劇はリチュアルとなる。警告シマス、制御不能!
「演劇なんかやる奴はみんなオカマだ」から、精神に過負荷をかけてやれば壊れる(割れる)。その体験は本人には強烈(「わたしは変わった!」)で、目撃者 にとっては忘れがたい記憶(「こいつイカレちゃった!)となる。でもたいがいは一度だけ、それも観客のいない稽古場で事件は起こる。「劇的狂気の力」なん てそうそうお目にかかれるもんじゃない。リチュアルが結実するなんてことは本当に稀。ましてやそれが舞台で現象したとなるとまさに「奇跡」としか言いよう がない。
だからぼくはSPACの舞台を観ながら、「あーあ、また狂ったふりをしてらぁ」と意地悪く思ってしまうのだ。
SPAC公演『不思議の国のアリス』は、
2000年12月8・9日、静岡・静岡芸術劇場で上演された。
ぼくもそう思う。演劇なんかやる奴はみんなオカマだ。
ではぼくはどうなんだ、ぼくも演劇に関わる一人だが、オカマか? そうじゃないのか?
ということで、直感的には「演劇なんかやる奴はみんなオカマだ」に同意しつつも逡巡する複雑な心境。
「あの、次の日曜日というと、何曜日になるんでしょうか?」
「たぶん月曜日だと思いますけど」
「ああ、そうでしたか、ぼくは又、金曜日かと思っていました」
先日ぼくがやった歌謡ショーのコントの一節である。
台本を読んだとき、これ本当に大丈夫なのか、と思った。
ところがあにはからんや、どかんどかん笑いがとれる。
嬉しい反面、何故だ?、と不思議な心持ちになった。
「あの、帽子屋さんのお茶の会はこちらでしょうか?」
「いいえ、ここは帽子屋さんのお茶の会です」
「ああ、そうですか、わたしは帽子屋さんのお茶の会ではない帽子屋さんのお茶の会をさがしているんですけど」
これは別役実の「帽子屋さんのお茶の会」。手元にテキストがないけれど、たぶんこんな感じ(原典入手したら正しく記述します)。ちょうど今頃、この演劇は東京で上演されているはずだ。
どうだ、どかんどかんくるだろうか? ちょっと見当がつかない。
別役実が題材にしているのはもちろん「不思議の国のアリス」。
いつの世にも「不思議の国のアリス」に惹かれる御仁は数多いる。
どういうわけかぼくには遠い。「アリス」と聞いただけでへなへなと腰くだけになってしまう。
この遠さ、何故だ? よく判らない。何が気に入らないのか。
2000年12月、静岡芸術劇場でSPACが『不思議の国のアリス』を上演した。
物語は間違いなくルイス・キャロルのアリス。心配ご無用、ポストモダンな戦略で仕掛けたタイトルではない。そのまんまアリス。
歌舞伎仕立てのアリスでもなく、能を擬したアリスでもなく、ギリシャ悲劇と融合させてキマイラ状態にしたアリスでもなく、谷村新司の歌が背景曲に使われることもない。
SPACのアリスである。
演出はSPACの俳優、竹森陽一。この人はSPACのレパートリー『シラノ・ド・ベルジュラック』のシラノ役で、「芝居者の心意気」を感じさせる実にイカス演技をしていた。
ぼくはあれこれの公演会場で、たびたび竹森陽一の姿を見かけることがあった。SPAC主催の公演はもちろん、白石加代子の一人語り「百物語」にも来ていた。真面目な人なのだろう。
普段着の竹森陽一は、いつもわびしさのようなものを漂わせている。くそ、なんでこんなことになっちまったんだ、ろくなもんじゃねぇぞ俺の人生、と呪詛しつつ朽ちてゆくような印象。
頭髪の量にも「受難」の趣があって、その辺、ぼくは共感する。
竹森陽一の風貌には「パッション」が滲んでいる。鈴木忠志演劇の「殉教者」。くそ、なんでこんなことになっちまったんだ、ろくなもんじゃねぇぞ俺の人生、と呪詛し続ける。ちょっと違うかな。
いい演出家はおうおうにしていい俳優でもあるが、その逆は稀である。だから竹森陽一演出に特別期待していたというわけではないけれども、この芝居は観ておかなくてはと前々から思っていたのだった。
会場の受付で座席表を見せてもらうと、当日券は10席くらいしかなかった。えー、ほとんどソールドアウト、とぎょっとしたが、実際には観客数は120程度だった。
観客数と演劇の質は比例する関係にはないのに、ついつい「客の入りが悪い」とベタな常套句を使ってしまいそうになる自分を戒める。
演じられたのは主に「帽子屋のお茶の会」の場面である。
帽子屋や三月ウサギたちとアリスとのナンセンスなやりとり。それからトランプの女王が指揮するアリスの裁判。
ぼくは竹森陽一が演じたシラノを観て以来、ひょっとしたらこの人は鈴木忠志演劇と距離を持っているんじゃないかとも考えていた。
竹森陽一は鈴木忠志的様式よりも「特権的肉体」なんてものを実はいまだに信奉していて、交換不可能な俳優の個が物語を牽引してゆく演劇を密かに指向しているのではないかと。
つまり鈴木メソッドからはみ出す部分を持った背教者。それゆえ「殉教者」の栄光が翳り、わびしさがまとわりつく。
うーん、期待しないと言いつつ、十分期待していたじゃないか。→AyameX
でーも。
とんだ思い違いでした。
『不思議の国のアリス』、それは、
SPAC/鈴木忠志の定石を外れることのない神経症演技の構造物。表情の変化に乏しい一点凝視型。感情の起伏が掴みにくい平坦な台詞回し。女優たちはいつも怒っているみたいで魅力がない。
さながらネクラ(死語?)な小劇場演劇スキルのカタログ状態である。俳優たちの奇怪な身振りや発語法に、そうそう、こういうのあったな、と既視感の連続 (「タイニー・アリス」ではあまりお目にかからなかったけど)。帽子屋の演技に桜井大造をオーバーラップさせるオノレの「ルックバック」に我ながら舌打 ち。チッ。あららら、あの人、目が真ん中に寄っちゃってますよー。大丈夫ですか?
滑稽さだってあるのにな。どうして笑えないんだ?
例えばマドロススタイルの海亀が唄い、その歌に合わせて三月ウサギと眠りネズミが踊る場面。
なんと海亀くんはサティのピアノ曲で唄う。当然ながらすこぶるスローテムポ。変。すごく可笑しい。かなり莫迦莫迦しい(昔、斎藤晴彦がサラサーテの「ツィゴイネル・ワイゼン」に歌詞をつけて唄っていたけど、あれのパロディになっていたのかもしれないな)。
こりゃ使えそうだな、よし、いただきだと思った。だから直感的にはここは「どかんどかんくる」場面なのである。それなのに晴れ晴れと笑えないのは何故だ?
みもふたもない言い方だけど、俳優が神経症演技で「いっぱいいっぱい」だからかな。
しかも「憑いていない」のがバレバレ。
誤解のないように。神経症演技とは演技者自身が「神経症」ということではない。
「本物」がそれをやると爆発的な効果をもたらすが、その筋の演技者はコントロールが難しい。
神経症演技とはあくまでも「偽物」による「型」である。
神経症演技は観客の神経を脅かし圧迫感がキツイが、「型」演技であるがゆえの面白さも確かにある。
それは次のような局面で発生する。
型(器)に、その容量を上回るナニカが投入されたため、型が完璧であるにもかかわらず、自壊してしまう瞬間。「偽物」が「本物」に転ずる。すなわち「憑いた」状態。
演者はシャーマン、演劇はリチュアルとなる。警告シマス、制御不能!
「演劇なんかやる奴はみんなオカマだ」から、精神に過負荷をかけてやれば壊れる(割れる)。その体験は本人には強烈(「わたしは変わった!」)で、目撃者 にとっては忘れがたい記憶(「こいつイカレちゃった!)となる。でもたいがいは一度だけ、それも観客のいない稽古場で事件は起こる。「劇的狂気の力」なん てそうそうお目にかかれるもんじゃない。リチュアルが結実するなんてことは本当に稀。ましてやそれが舞台で現象したとなるとまさに「奇跡」としか言いよう がない。
だからぼくはSPACの舞台を観ながら、「あーあ、また狂ったふりをしてらぁ」と意地悪く思ってしまうのだ。
SPAC公演『不思議の国のアリス』は、
2000年12月8・9日、静岡・静岡芸術劇場で上演された。
1999年6月4日金曜日
ヌリア・エスペル/ルイス・パスカル 『ロルカの闇』
舞台芸術公園「楕円堂」 6月4日
書物の上の文字としてではなく、俳優の口から発せられる「詩」、あれは正しくはどう呼ぶのだろうか? 朗読ではないし語りでもない。詠うとも違うし、唱えるという言い方も似合わない。詩吟? ますます遠いんじゃないか? 判らないので「発詩」と造語しておく。
演劇は詩を内包しているが、詩はそれ自身では演劇ではない。これはとても重要なことだ。テクストにどこかから引用してきた「優れた」詩をとりあえずぶち 込んで台詞にし、それを舞台にのせればとりあえず演劇の体裁は出来あがる。けれどもそれは演劇「のように見える」というだけのことで、強度を持った演劇で はない。
詩はいかにして演劇に到達するのだろうか。
ヌリア・エスペルとルイス・パスカルは、その秘蹟をぼくたちの目の前で、惜しげもなく実行してみせた。
客席の灯りはそのまま消えずに『ロルカの闇』は始まる。舞台に演出家が登場する。彼は俳優だ。けれどもぼくには彼が「虚」なのか「実」なのか判別出来ない。
なんだか舞台挨拶に出てきただけのようにも見える。
「今夜私は、詩人の言葉で、あなたたちに語りかける事になりました。そしてフェデリコ・ガルシア・ロルカの並み居る女性の魂に命を与える偉大な女優は、ヌリア・エスペルです」
あれれ、やっぱり舞台挨拶? 続いて女優の登場。みなさま、本日はようこそご来場下さいました、とでもいうかのように。
ルイス・パスカルが詩のタイトルを言い、ヌリア・エスペルが「発詩」する。なんだろう、これは? ロルカの詩の会? でも・・・・。
ぼくは「詩」の魅力が理解出来なくても、「詩の力」は理解出来る。と思う。詩が世界を変化させることをぼくは知っている。だからぼくは、そこが「劇場」 であることを呪った。もしもそこが街角のカフェだったら、もしもそこが人々の行き交う雑踏だったら、もしもそこが真夜中のアパートの屋上だったら、もしも そこが爆撃に恐怖する家族が肩を寄せ合う倉庫だったら。詩は空間を何か別のものへ変容させたに違いないのだ。
でも劇場は、相も変わらず劇場のままであった。
だったら、例えばこの「楕円堂」の舞台の上で、「生体肝移植手術」が行われたとしたら、それは演劇として認知されるだろうか。たぶん、それは演劇になる。 なぜならそこが劇場であるかぎり、その中で起きた/行われた出来事は、それを望もうと望むまいと、演劇で有り得るのだから。
情熱的に、あるいは哀切に、あるいは暴力的に、女優はロルカを発詩する。なんだろう、これは? はい、ロルカの詩です。でも・・・・。
ところが「場」はルイス・パスカルが口にする一つの言葉を合図に一変した。「アカリ!(おそらく日本語で、明かり、だと思う)」。そこに、この劇場に、 まぎれもない演劇が突如として立ち上がったのである。「演劇」としか言いようのない「あるもの」がぼくたちを完璧に包み込んだのだった。
興奮した。この至福。大声をあげて劇場を飛び出し、「全ての夜を集めて、叫」びたいくらいだった。ヌリア・エスペルは『血の婚礼』を演じる。先日スイス のテアトロ・マランドロが上演した『血の婚礼』の、太陽の輝きのような「具体」の陰に隠れていた、月のような演劇の真の輝きが、ここでははっきりと姿を見 せる。
ミューズ降臨! ああ、演劇の神様(としか言いようがないのでこう呼ぶ)、ここにいたのですか、さんざん探しちゃいましたよ、シアター・オリンピックス中を・・・・(ダンスのミューズは『ディスコルダンシア』で確認済み)。
その後、舞台は再度反転し、「発詩」に戻ってしまう。「詩を朗読します」とルイス・パスカルが言う。だが、「演劇」は消え去らない、ミューズはその場から立ち去らないのである。
これは本当に幸せな演劇の時間である。
『ロルカの闇』にはぼくが考える演劇の真髄がたしかにあった。
今日の御挨拶 木内弥子さん(美人)/小山史野さん(SPACダンス ※SPACの方たちは、公演がないときは舞台芸術公園のレストラン「カチカチ山」を手伝っている ようなんだけど、小山さんはそこでフロアー係りをやってる。彼女にコーヒーを運んでもらいたいばかりに、『ロルカの闇』の上演前後、二度も「カチカチ山」 に入ってしまった俺。ところで「カチカチ山」では日本平の野性のタヌキに餌づけしていて、よくテラスのところへタヌキがやってくる。でもたしか『カチカチ 山』って話は・・・・。大丈夫か、タヌキくん?)
今日の目撃 夏木マリさん(女優+美人)
書物の上の文字としてではなく、俳優の口から発せられる「詩」、あれは正しくはどう呼ぶのだろうか? 朗読ではないし語りでもない。詠うとも違うし、唱えるという言い方も似合わない。詩吟? ますます遠いんじゃないか? 判らないので「発詩」と造語しておく。
演劇は詩を内包しているが、詩はそれ自身では演劇ではない。これはとても重要なことだ。テクストにどこかから引用してきた「優れた」詩をとりあえずぶち 込んで台詞にし、それを舞台にのせればとりあえず演劇の体裁は出来あがる。けれどもそれは演劇「のように見える」というだけのことで、強度を持った演劇で はない。
ヌリア・エスペルとルイス・パスカルは、その秘蹟をぼくたちの目の前で、惜しげもなく実行してみせた。
客席の灯りはそのまま消えずに『ロルカの闇』は始まる。舞台に演出家が登場する。彼は俳優だ。けれどもぼくには彼が「虚」なのか「実」なのか判別出来ない。
なんだか舞台挨拶に出てきただけのようにも見える。
「今夜私は、詩人の言葉で、あなたたちに語りかける事になりました。そしてフェデリコ・ガルシア・ロルカの並み居る女性の魂に命を与える偉大な女優は、ヌリア・エスペルです」
あれれ、やっぱり舞台挨拶? 続いて女優の登場。みなさま、本日はようこそご来場下さいました、とでもいうかのように。
ルイス・パスカルが詩のタイトルを言い、ヌリア・エスペルが「発詩」する。なんだろう、これは? ロルカの詩の会? でも・・・・。
ぼくは「詩」の魅力が理解出来なくても、「詩の力」は理解出来る。と思う。詩が世界を変化させることをぼくは知っている。だからぼくは、そこが「劇場」 であることを呪った。もしもそこが街角のカフェだったら、もしもそこが人々の行き交う雑踏だったら、もしもそこが真夜中のアパートの屋上だったら、もしも そこが爆撃に恐怖する家族が肩を寄せ合う倉庫だったら。詩は空間を何か別のものへ変容させたに違いないのだ。
でも劇場は、相も変わらず劇場のままであった。
だったら、例えばこの「楕円堂」の舞台の上で、「生体肝移植手術」が行われたとしたら、それは演劇として認知されるだろうか。たぶん、それは演劇になる。 なぜならそこが劇場であるかぎり、その中で起きた/行われた出来事は、それを望もうと望むまいと、演劇で有り得るのだから。
情熱的に、あるいは哀切に、あるいは暴力的に、女優はロルカを発詩する。なんだろう、これは? はい、ロルカの詩です。でも・・・・。
ところが「場」はルイス・パスカルが口にする一つの言葉を合図に一変した。「アカリ!(おそらく日本語で、明かり、だと思う)」。そこに、この劇場に、 まぎれもない演劇が突如として立ち上がったのである。「演劇」としか言いようのない「あるもの」がぼくたちを完璧に包み込んだのだった。
興奮した。この至福。大声をあげて劇場を飛び出し、「全ての夜を集めて、叫」びたいくらいだった。ヌリア・エスペルは『血の婚礼』を演じる。先日スイス のテアトロ・マランドロが上演した『血の婚礼』の、太陽の輝きのような「具体」の陰に隠れていた、月のような演劇の真の輝きが、ここでははっきりと姿を見 せる。
ミューズ降臨! ああ、演劇の神様(としか言いようがないのでこう呼ぶ)、ここにいたのですか、さんざん探しちゃいましたよ、シアター・オリンピックス中を・・・・(ダンスのミューズは『ディスコルダンシア』で確認済み)。
その後、舞台は再度反転し、「発詩」に戻ってしまう。「詩を朗読します」とルイス・パスカルが言う。だが、「演劇」は消え去らない、ミューズはその場から立ち去らないのである。
これは本当に幸せな演劇の時間である。
今日の御挨拶 木内弥子さん(美人)/小山史野さん(SPACダンス ※SPACの方たちは、公演がないときは舞台芸術公園のレストラン「カチカチ山」を手伝っている ようなんだけど、小山さんはそこでフロアー係りをやってる。彼女にコーヒーを運んでもらいたいばかりに、『ロルカの闇』の上演前後、二度も「カチカチ山」 に入ってしまった俺。ところで「カチカチ山」では日本平の野性のタヌキに餌づけしていて、よくテラスのところへタヌキがやってくる。でもたしか『カチカチ 山』って話は・・・・。大丈夫か、タヌキくん?)
今日の目撃 夏木マリさん(女優+美人)
1999年5月22日土曜日
国際共同作品 ロジャー・レイノルズ 『縁』
グランシップ静岡芸術劇場 5月22日
莫迦にするな、とまでは言わぬにしても、とにかくユルイのだ。これのどこがEDGEなのだろうか?
EDGEとは何か。ぼくの(俺的)定義では、EDGEは、神と人間の間に引かれた分割線だ。表現可能なギリギリのラインであり、人間の側から見れば、 EDGEの向こう側は不可知の領域、すなわちゴッドサイドである。その意味でテクノロジーの最前線もEDGEだ。ミクロにしろマクロにしろ、人間の知覚外の事象と対峙している人々は、たしかにEDGEに立っている。EDGEは「神」をかいま見ることが出来る可能性を秘めた場であり、またそうでなければならない。
パンフレットにもわざわざこう記載されている。
「TECHNOLOGYテクノロジー/MUSIC音楽/THEATER演劇」
ここで言うテクノロジーとはどういう性格のものだろうか。医療テクノロジーと演劇が結合したとして、いかなる舞台が出現するのか? コンピューターと演劇が結合した時、どのような舞台が出現するのか? コンピューターが俳優の動きをスキャンして、それを即座に音楽化することは可能だろうか? コンピューターが俳優の声音と照明を連動させることは可能だろうか? 軍事技術はいかにして演劇に応用できるのか?
『縁』。莫迦にするな、とまでは言わぬにしても、とにかくユルイのだ。これのどこがテクノロジーなのだろうか? 音響テクノロジーですか? だったら莫迦にするな、と言う。七十年代以降、数々のノイズ/アヴァンギャルド・ミュージシャンたちが行ってきた偉大な音響実験をこの連中はどう考えているのか?
たしか鈴木忠志さんは『リア王』の音楽でLAIBACHを使っていた。だったら、S.R.L.、SPK、TG、NWW、WHITE HOUSE、こういった表現者も押さえているんでしょうね。知りませんか?
数年前のある集会において、ぼくは鈴木忠志さんに次のような質問をした。
「表現の辺境についてはどう思われますか。舞台芸術センターは、辺境文化も視野に入れているのでしょうか?」
鈴木忠志さんはこうおっしゃった。「表現には辺境など存在しないと思います」
「縁」は三部構成である。まず最初はパーカッショニストのソロプレイ。パンフレットに作曲者が明記されているから、即興演奏ではないのだろう。
ユルイ・・・・。そのくせ押しが強い。修道僧のような身なりをした演奏者の身体性、その身振り、目障りなことおびただしい。思わせぶりなキメ。気合いをイれて、あるいはヌいて。
あからさまな、お約束の所作。そのたびにミューズは遠のく。
その二。三人の活動ジャンルの異なる表現者が、舞台でギリシア悲劇のテクストを開く。音楽と歌と言葉が自在に越境する交易の場になる、予定だったのだろう。打楽器奏者は譜面(テクスト)を見ながら演奏、歌手も譜面を見ながら唱う。ここまではいい。演者の身体は、テクストを紙面から立ち上げるための媒体である。テクストの通過地点である。演者はテクストの奴隷であって、そこには自己表現などという夾雑物が入り込む余地はない。「テクスト<演者」ではなく、「テクスト→演者」という関係において緊迫した糸が張られている。ここまではよかったのだ。
ところが女優がいただけない。演技術が全くの的外れ。エキセントリックな台詞回し。役柄への没入を過度にアピールする「ベタ」な演技。例えば憑依した霊媒である。けれどもそれが作り事であることは、彼女が目の前の台本をめくる手つきを見れば一目瞭然。
神降ろしの儀式の中心に「女優」がいるのは正しい。神はそれ自身で現前することはあり得ないから。「それ」は女優すなわち霊媒の身体を通して具現する。その際、女優は自我を放棄しなければならない。
『縁』第二部の舞台上の女優は「忘我」などとは無縁。彼女自身の狂気を演じているように見せただけであり、またしてもミューズは遠のく。
そして第三部はSPACの登場。ええっ・・・・! 何ですか、これは? 演歌ギリシア悲劇? これってEDGE? 鼻メガネとヒゲ・・・・。S石さんのそっくりさん? 笑っていいんですか? いいんでしょうね? あーあ、ユルイEDGE。
He was on edge. (彼はイライラしていた)研究社新英和中辞典
今日の御挨拶 鮎都さん(女子高生女優)/原千尋さん(フリー女優)
今日の目撃 鈴木忠志さん
莫迦にするな、とまでは言わぬにしても、とにかくユルイのだ。これのどこがEDGEなのだろうか?
EDGEとは何か。ぼくの(俺的)定義では、EDGEは、神と人間の間に引かれた分割線だ。表現可能なギリギリのラインであり、人間の側から見れば、 EDGEの向こう側は不可知の領域、すなわちゴッドサイドである。その意味でテクノロジーの最前線もEDGEだ。ミクロにしろマクロにしろ、人間の知覚外の事象と対峙している人々は、たしかにEDGEに立っている。EDGEは「神」をかいま見ることが出来る可能性を秘めた場であり、またそうでなければならない。
パンフレットにもわざわざこう記載されている。
「TECHNOLOGYテクノロジー/MUSIC音楽/THEATER演劇」
ここで言うテクノロジーとはどういう性格のものだろうか。医療テクノロジーと演劇が結合したとして、いかなる舞台が出現するのか? コンピューターと演劇が結合した時、どのような舞台が出現するのか? コンピューターが俳優の動きをスキャンして、それを即座に音楽化することは可能だろうか? コンピューターが俳優の声音と照明を連動させることは可能だろうか? 軍事技術はいかにして演劇に応用できるのか?
『縁』。莫迦にするな、とまでは言わぬにしても、とにかくユルイのだ。これのどこがテクノロジーなのだろうか? 音響テクノロジーですか? だったら莫迦にするな、と言う。七十年代以降、数々のノイズ/アヴァンギャルド・ミュージシャンたちが行ってきた偉大な音響実験をこの連中はどう考えているのか?
たしか鈴木忠志さんは『リア王』の音楽でLAIBACHを使っていた。だったら、S.R.L.、SPK、TG、NWW、WHITE HOUSE、こういった表現者も押さえているんでしょうね。知りませんか?
数年前のある集会において、ぼくは鈴木忠志さんに次のような質問をした。
「表現の辺境についてはどう思われますか。舞台芸術センターは、辺境文化も視野に入れているのでしょうか?」
鈴木忠志さんはこうおっしゃった。「表現には辺境など存在しないと思います」
「縁」は三部構成である。まず最初はパーカッショニストのソロプレイ。パンフレットに作曲者が明記されているから、即興演奏ではないのだろう。
ユルイ・・・・。そのくせ押しが強い。修道僧のような身なりをした演奏者の身体性、その身振り、目障りなことおびただしい。思わせぶりなキメ。気合いをイれて、あるいはヌいて。
あからさまな、お約束の所作。そのたびにミューズは遠のく。
その二。三人の活動ジャンルの異なる表現者が、舞台でギリシア悲劇のテクストを開く。音楽と歌と言葉が自在に越境する交易の場になる、予定だったのだろう。打楽器奏者は譜面(テクスト)を見ながら演奏、歌手も譜面を見ながら唱う。ここまではいい。演者の身体は、テクストを紙面から立ち上げるための媒体である。テクストの通過地点である。演者はテクストの奴隷であって、そこには自己表現などという夾雑物が入り込む余地はない。「テクスト<演者」ではなく、「テクスト→演者」という関係において緊迫した糸が張られている。ここまではよかったのだ。
ところが女優がいただけない。演技術が全くの的外れ。エキセントリックな台詞回し。役柄への没入を過度にアピールする「ベタ」な演技。例えば憑依した霊媒である。けれどもそれが作り事であることは、彼女が目の前の台本をめくる手つきを見れば一目瞭然。
神降ろしの儀式の中心に「女優」がいるのは正しい。神はそれ自身で現前することはあり得ないから。「それ」は女優すなわち霊媒の身体を通して具現する。その際、女優は自我を放棄しなければならない。
『縁』第二部の舞台上の女優は「忘我」などとは無縁。彼女自身の狂気を演じているように見せただけであり、またしてもミューズは遠のく。
そして第三部はSPACの登場。ええっ・・・・! 何ですか、これは? 演歌ギリシア悲劇? これってEDGE? 鼻メガネとヒゲ・・・・。S石さんのそっくりさん? 笑っていいんですか? いいんでしょうね? あーあ、ユルイEDGE。
He was on edge. (彼はイライラしていた)研究社新英和中辞典
今日の御挨拶 鮎都さん(女子高生女優)/原千尋さん(フリー女優)
今日の目撃 鈴木忠志さん
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